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私は傷ついたことは、忘れない。
私は小さいころ、言葉が思うように使いこなせなかった。
私の頭の中では100の思いがこみ上げてきているのに、
私の口は100の思いを吐き出せず、
「うー。うー。」とうなってばかりだった。
それを人は、ドモリといった。
けして、「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは、き、き、き、きみを、を、を」などと
言ってはいなかった。
しかし、近所の子供たちの母親は、
「どもりがうつるから、」といって、息子、娘が私と遊ぶのをとめた。
友達の家で、門前払いを受けたこともあった。
しかし、年が流れ、私は饒舌になった。
あらゆる言葉を、思い通りに駆使し、100の思いを
早口でまくしたてるようになった。
頭の回転に、口が追いついたのである。
しかも、言葉が巧みなせいで、小学校のときに作文で市長賞3回とり、
テレビにもとりあげられ、
朝礼では校長先生に全校生徒の前で褒め称えられるようになった。
その途端、私と遊ぶなといっていた母親たちが、
私を傷つけたことことも忘れて、
私と遊ばせようと必死になった。
私のつらい思い出のひとつであるが、私は死ぬまで忘れないだろう。
たいてい、傷ついたほうは忘れない。
しかし、傷つけたほうは、のんきに普通の生活にすぐに戻るものだ。
傷ついたものは、1ヶ月2ヶ月苦しむとしても、
傷つけたほうは、何もダメージがないので、すぐに浮かれることだって
できる。そんな様子を傷ついたほうが見ると、本当に馬鹿らしく思う。
どの程度、自分がひどいことをしたのか?判っているのだろうかと疑ってしまう。
でもたいていは、何も判っていない。
なぜなら、そこまで考えることができるなら、
最初からひどいことはしないものだ。
ひどいことをしたものは、すぐに浮かれた生活に戻るものなのだ。
着々と、自分の思い通りの人生を歩む準備・計画をたて、
思い通りの毎日、思い通りの遊びに戻る。
人を傷つけたことも、
相手が傷つきやすい性格ぐらいにしか感じてないのだろう。