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潜入捜査

暑い夜の事でした。時刻は、はっきりとは覚えていないのですが、おそらく午後10時ごろだったと思います。残業を終え、遅い夕食をとろうととある繁華街をうろついていました。独り者で、残業続きで、店屋物には辟易しているもので、食べる物も決まらずうろつくのですが、時間ばかりが過ぎて行きました。そんな時刻に食べれる物といえば、ラーメン、寿司、焼肉、居酒屋・小料理屋メニューとなります。商店街に居並ぶお店に入る気がどうしてもせず、2往復もしました。そして、新しい店を発見しようとわき道にも行ってみることにしました。わき道といっても大差なく、食指が起こらず、今日はもう家に帰りコンビニ弁当でも食べようかと思っていたところでした。
真っ白い、スナックの前などに置いてある、中に蛍光灯をしこんだ四角い小さな看板が見えました。何という名前の物かは、知りませんが大人の腰位の高さのサイズのものです。普通はカラフルであったり、カラオケや洋酒メーカーの広告が下3分の1位に入った物なんですが、私が見つけたそれは、まったく着色されておらず、あたかも病院でX線写真を掲げることができる観察灯のようでした。繁華街においてそれは、殺風景で異様でした。そして、黒色のペンキで「etc.box」と手書きされていたのです。「ゆり」や「知子」などの女性名ならスナック、「さんぼあ」や「ムルソー」などのよくわからない名前ならバー、業界1の低料金とか花びら回転とか謳い文句がついていれば風俗関係かなと思うのですが、ただの「etc.box」では何の店か判りません。もう先程までの食欲なんかふっとぶくらいの好奇心が湧いてきました。そしてその看板の奥は地下に続く階段です。そのビルは2階はファッションマッサージ、4階はテレクラでした。とにかく謎めいたムードがぷんぷん匂うのでした。
  そこで、私はしばらく近くに潜み、様子を窺い、情報を得ることにしました。30分ほどの間に、20歳前後の脚の長い青年が数人、階段を降りていき、その10分後くらいに出てくるのです。その男たちは決まって洗いざらしのぴっちりしたジーンズをはき、しろいTシャツで、きれいに刈込んだクルーカットで、揃いもそろって好青年でした。この同じ格好をした青年たちは店員なのか、お客なのか、はっきりしないのですが、あるものは手ぶら、あるものは茶色の紙袋をもって出てきました。お客だとしたら、風俗のお店ではなさそうです。「etc.box」のboxとは、個室という意味ではなく私設私書箱なのかもしれないという気がしました。
 しかし、何の確証も得られず、作戦第2計画に移行することにしました。そう潜入することにしたのです。私は地下に続く階段を降りることにしました。その店は、アルミ製のドアでした。中からは何の音も聞こえません。緊張感でのどが少し渇きました。財布の中味は5万円ほどありました。とりあえず、大丈夫でしょう。勇気をふりしぼり、ドアをあけるとそこはエロ本屋でした。数人の男が、真剣なまなざしで、壁のビデオを物色し、平積みされた本を見入っていました。今までドキドキしていたのが馬鹿らしくなり、私もその平積みされた本をこの際見ようと一冊手にとろうとしました。
 するとその本の表紙はな、なんとふんどし姿りりしい筋肉美の男の人が砂浜で寝そべり白い歯を見せ微笑んでいました。隣の本の表紙は、後手にしばられた男の人が三角木馬にオールヌードでまたがり、苦痛で顔を歪ませています。そう、ここはゲイの人の本屋だったのです。私はゲイの人に、何の差別意識があるわけではありません。むしろ理解があるほうだと思っていました。しかし、その世界の事を詳しく知りません。どんな男でも、ゲイの人は対象にするとは思いません。ゲイの人にも好みはあると思いますが、そのときの私にそんな余裕はありませんでした。一瞬にして視野狭窄が起き、ターミネータの視界のように私の視界の端に「CAUTION」という赤ランプが点滅しだしました。耳なりまでしてくる始末です。もう1秒たりとも、そこにそれ以上居る勇気はありません。正直いって怖かったというのが本音です。そして、そこに居る人達の神経を逆なでしないように、失礼のないように、脱出しようとすると体まで硬直しているではありませんか。必死の思いで、ドアにたどりつき、その店を出てホッとしていると、中から人が出てくる足音がしました。そのせいで、あわてて階段をかけあがったので、中から出てきた人の顔の高さあたりに、私のお尻がありました。ほんと、知らないこととは言え、ゲイの方々にはご迷惑をかけたと反省しております。けど、怖かった。

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